積み重ねる人・繰り返す人

本書を作るきっかけは、ある会社の社長との会話でした。
全国各地に販売店を展開している会社で、最初は経営や商品開発などの話を伺っていました。次第に話題は変わっていき、若手社員についての話になりました。社長いわく、若手社員の間の「差」が気になってきたとのこと。

「ちゃんとした採用基準は設定しているから、スタートラインは一緒のはずなんだ。ところが各部署に配属して、仕事をして、2年3年と経つと少しずつ様子が違ってくる。5年目ともなると、もう結構な差がついてしまっていて。何というか、

『1年1年を着実に積み重ねてきた5年目』と、

『同じ1年を5回繰り返しているだけの5年目』という具合でね」

「同じ1年を5回繰り返しているだけ」とは、なかなか厳しい言い方です。もう少し詳しく聞きたくなり、質問をしました。

「『1年1年を着実に積み重ねてきた5年目社員』と『同じ1年を5回繰り返しているだけの5年目社員』では、実際のところ、どのくらい差がついているのですか?」

「全員が売上目標みたいなものを持っているわけではないから、単純に数値化して比較はできないけどね。仕事の速さであったり、質であったり、任せられる仕事の難易度であったり…」

そう言って少し考えてから、社長は答えました。

「そういうのを全部まとめて感覚的にいうと…うん、3倍かな」

話はそこで終わるはずだったのですが、どうやら社長にスイッチが入ったようです。ノートを開き、おもむろに図を描き始めました。

「左側が、同じ1年を5回繰り返すタイプの社員。1年に箱が1個、5年で5個になる。
右側は、1年1年を積み重ねるタイプ。1年に1個ずつ増えていって、5年だと15個。
5対15。ほら、3倍でしょう?」

(・・・ホントかよ)と心の中で思いつつも「なるほど、確かにそうですね」と返事をしました。その場での会話はこれで終わったのですが、たいへん印象に残った話だったため、その後いろいろな会社でこの階段のような図を描いて「御社だと、どうですか?」と聞いて回りました。

「ああ、確かにそうですね。5年で3倍くらいの差はつきますね」という反応がとても多かったことを覚えています。職種や業界を問わずです。

新卒社員だけではなく、中途採用や異動で新しい仕事を始める社員についても一緒だと指摘する方もいました。試験や面接をクリアして着任した経験豊富な人たちの間でも、次第に「積み重ねる人」と「繰り返す人」の差が広がっていくというのです。

さらに別の会社の方は、この図に新たな観点を付け加えてくれました。
もし、図の左側が先輩で、右側が1年下の後輩だとしたら?

先輩1年目。

先輩2年目、後輩1年目。たった1年くらいでは、先輩のことは抜けません。

先輩3年目、後輩2年目。後輩が先輩に追いつきました。

先輩4年目、後輩3年目。ついに、後輩が先輩を追い抜きました。

「与えられる役割や責任の大きさ、任せられる仕事の難易度などの観点で、先輩と後輩の逆転現象が起こり始めるのが、ウチの会社では入社3~4年目あたりなのです。そんなことも、この図でも説明できると思いました」

なるほど。この話も、色々な会社に紹介してみました。
多くの会社で、同意の声を得ることができました。

もちろん、一人一人の働きぶりについてこのような「繰り返す人」と「積み重ねる人」の両極端に分けて、どちらかだと決めつけてしまうのはあまり良いことではありません。誰でも得意・不得意はあります。経験の積み重ねがうまくできている部分、上達のきっかけをつかめずに苦労している部分、両方あるのが普通です。

重要なのは、この図が実態を正確に表しているかどうかや、3倍という数値が適切かどうかということではなく、スタートラインは同じだったのに、どうしてこのような差がついてしまうのかということです。

複数の企業の協力のもと取材や研修などを重ねていく中で、差を生み出す要因が少しずつ明らかになっていきました。

・本ページは、書籍「部下の自立を引きだすための マネージャーの言語化支援」の内容の一部を限定公開しているページです。他の公開中のトピックは「目次」から確認してください。

「部下の自立を引きだすための マネージャーの言語化支援」
A5判 156ページ ¥1,800(税別)